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広重のある風景(その4) 名所江戸百景「角筈熊野十二社俗称十二そう」

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     新宿熊野神社

 広重の描く名所江戸百景「角筈熊野十二社俗称十二そう(角筈熊野十二社)」は、室町時代の応永年間(1394~1428)に中野長者とよばれた鈴木九郎が故郷である紀州熊野三山より十二所権現をうつし祀ったものと伝えられている。
 江戸名所図会によると十二所権現社(角筈熊野十二社)は、「淀橋の南、角筈村にあり。祭神紀州熊野権現に同じ。本郷村成願寺奉祀の宮なり。」と記されている。
 また「角筈熊野十二所権現社 世人、誤って十二そうといふ。多景にして遊観多し。」とも云われている

 江戸時代には熊野十二所権現と称され、幕府による社殿の整備・修復も数度行われた。
 享保年間(1716~35)に八代将軍吉宗が鷹狩を機会に参拝するようになり、また池の周りには多数の茶屋ができ、江戸西郊の景勝地として大変な賑わいとなり、文人墨客も多数訪れた。
 明治維新後は、熊野神社と改称し現在に至りる。池の周囲には大きな料亭ができ、花柳界として知られるようになったが、昭和43年に埋め立てらてしまった。

 場所 新宿区西新宿2-11-2

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