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清親・安治のある風景(その3) 清親「新橋ステーション」

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    JR新橋駅

 最後の浮世絵師といわれ光線画の画家ともいわれた小林清親に夜の新橋駅を描いた「新橋ステーション」という版画がある。

 「・・・駅前の広場までくると、陸蒸気の発車まぎわらしく、蝙蝠傘を手に駅舎へ駆ける尻はしょりの男と、車寄せに着いた人力俥から慌しく降りて、構内(なか)へ走りこむ官員風の男が見えた。どの方向(むき)から写し取ろうかと清親が広場をあちこちしていると、陸蒸気は鋭い汽笛を残して出て行った。駅舎の正面やや右寄りからの眺めが絵になるとみて、清親は懐から紙と矢立を取り出した。
 半刻ほど費やしてステンションを紙に納めた清親は、踵を返すと鉄造(くろがねづくり)の新橋を渡って、ひとの引きもきらぬ煉瓦街の通りへ出た。・・・」
(杉本章子「新橋ステンション夕景」)

 現在の新橋駅は2代目。清親の「新橋ステンション」(初代新橋駅)は東海道本線の起点となっていたが、1914年(大正3年)12月の東京駅の完成により東海道本線の起点が変更され、それまでの烏森駅を新橋駅に改称し、現在に至っている。
 初代新橋駅(新橋ステーション)は汐留駅と改称され、荷物・貨物列車の専用駅となったが1986年(昭和61年)11月1日に廃止された。

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       復元された旧新橋駅

 旧駅跡は 汐留シオサイト開発に際して発掘調査の結果, 「旧新橋駅停車場」の遺構が発見され, 2003(平成15)年 その場所に 開業当時の駅舎が再現された。

 所在 東京都港区東新橋1-5-3

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