文学のある風景(その2) 堀辰雄「幼年時代」
牛嶋神社の撫で牛
おばあさんは私の家にくると、いつも私のお守(も)りばかりしていた。そうしておばあさんは大抵私を数町先きの「牛の御前(ごぜん)」へ連れて行ってくれた。そこの神社の境内の奥まったところに、赤い涎(よだれ)かけをかけた石の牛が一ぴき臥(ね)ていた。私はそのどこかメランコリックな目(まな)ざしをした牛が大へん好きだった。「まあ何んて可愛(かわ)いい目んめをして!」なんぞと、幼い私はその牛に向って、いつもおとなの人が私に向って言ったり、したりするような事を、すっかり見よう見真似(みまね)で繰り返しながら、何度も何度もその冷い鼻を撫(な)でてやっていた。その石の鼻は子供たちが絶えずそうやって撫でるものだから、光ってつるつるとしていた。それがまた私に何んともいえない滑(なめ)らかな快い感触を与えたものらしかった。……(堀辰雄 「幼年時代 無花果(いちじく)のある家」)
牛嶋神社
牛嶋神社は、本所の総鎮守。創建は貞観二年(860)、関東大震災で本堂が焼失したのと隅田堤の拡張により墨堤常夜灯のある場所から言問橋際の現在地に移動した。「撫で牛」はその境内にある。
慈覚大師が通りかかったとき、「師わが為に一宇の神社を建立せよ、若し国土の悩乱あらば、首び牛頭を戴き、悪魔降伏の形相を現わして、天下の安全の守護たらん」と託宣したことから牛御前と改称したという。
撫で牛
文政八年(1825)奉納の青銅製。体の悪い所と同じ場所をなでると病気が治るという牛の像
所在地 墨田区向島1-4-5
最寄り駅 都営浅草線「本所吾妻橋駅」 徒歩3分
東武伊勢崎線「業平橋駅」 徒歩3分
東京メトロ銀座線「浅草駅」 徒歩10分
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