広重のある風景(その4) 江戸高名会亭尽「柳ばし夜景万八」

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        柳橋

 広重の江戸高名会亭尽「柳ばし夜景万八」には、柳橋のたもとに料亭万八が、隅田川への河口には幾艘もの屋根船が描かれている。
 万八の二階の座敷からは隅田川に遊ぶ屋根船や、四つ手網にて漁る漁船が見下ろされる。橋上には芸者が料亭に赴く姿が描かれている。

 柳橋は神田川の隅田川河口にかかる橋である。

 現在は万八のあったところに亀清楼のビルが建っている。

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隅田川のある風景(その2) 明石町聖路加タワー付近

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 吾妻橋乗船場から水上バスに乗って隅田川を下るのもなかなかいいものである。

 隅田川の下流にある中央大橋をくぐりぬけると左手に「佃島と石川島灯台跡」の白いモニュメントが出現、そして次の佃大橋をくぐり抜けると今度は右手にこの聖路加タワーが現れる。

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文学のある風景(その3) 竹久夢二「夢二日記 東京国立博物館」

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     東京国立博物館

 十二月六日 Moon Day

 朝たいへん早いのでまだ来まいと往来の群衆の中に求めながら山内へ入っていった。
 眸がおもい。梢の小鳥のやうに。
 五号館のまへの広場を歩いた。
 博物館の門のまへの札売場のところに人が十五六人立っている中にすぐ目にとまった。
 ちらとみるとすぐ小屋のうしろへかくれた。
 かあいゝ茶目、
 それを認めた俺が何か突さのいたづらをするかをたしかめんためか。
 何も知らずに近づいてくるのをながめんためにか。
 まだすっかりいきつかないのにちらと顔だけ出してこちらを伺った。
 白いぽっとした顔。

 「はやくうちを出て、この辺をずーと歩いたの、ずいぶん淋しいとこね、はじめてだわ」
 「さうか}
 「まだあかない}
 「えゝ九時から」
 「もう十五分」
 好い顔をしている。
 ずっとよって徳川時代の人形のあるところで唇をよせた。
 やわらかいやわらかい唇を。

 (夢二日記大正4年12月6日)

 東京国立博物館前での夢二の恋人彦乃との愛の出会いの場面である。

 かなわぬ恋、引き裂かれた恋の相手、25歳の若さで病に倒れた夢二の終生の恋人笠井彦乃。

 彦乃は、当時本郷にあった女子美術学校に通っていたこともあり、本郷菊坂、御茶ノ水、上野などは夢二との人目を忍ぶ散策のコースであった。

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東京タワーのある風景(その3) 「汐留シオサイトからの眺望」

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 汐留シオサイト日テレタワー前からの風景である。

 西に向かう新幹線「のぞみ」それを見守る東京タワー。

 汐留シオサイトは、JR新橋駅すぐ近くの「旧国鉄汐留貨物駅跡地」を利用した都内最大規模の再開発都市である。

 日本テレビ本社ビルをはじめ、レストラン、ショップ、シティホテルなどの高層ビルやイタリアをイメージした街などが建ち並んでいる。

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清親・安治のある風景(その4) 清親 「東京名所図 不忍池畔雨中」

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    雨の不忍池

 清親の東京名所図「不忍池畔雨中」は、しとしとと降る雨の中、不忍池のほとりを、親子らしい二人連れが歩いている風景を描いている。

 池の向こう側に見える赤い建物が弁天堂である。

 女性が洋傘をさしていることから明治という新しい時代を感じさせる。

 現在の風景は早春の雨中の不忍池の風景である。傘をさした人が歩いている。

 左端に弁天堂。

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広重のある風景(その4) 名所江戸百景「昌平橋聖堂神田川」

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 江戸時代の浮世絵師歌川広重の「名所江戸百景」に「昌平橋聖堂神田川」がある。
  雨の中相生坂を江戸の人々が歩いている風景である。神田川の流れと湯島聖堂の白い練塀が見られる。
  広重の描いた風景は昌平橋の辺りから見た風景である。

 その風景を尋ねて、御茶ノ水まで行ってみた。そしてJR御茶ノ水駅聖橋口を出て聖橋の上から湯島聖堂を望むと現代の「昌平橋聖堂神田川」の風景があった。
 湯島聖堂の白い練塀と神田川の流れはその当時と変わらないように見えた。
 前方の鉄橋の先にかすかに見える橋が現在の昌平橋である。

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隅田川のある風景(その2) 中央大橋

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     大川端リバーシティ21と中央大橋

 永代橋を過ぎると前方に近代的な超高層ビル群が出現する。石川島播磨重工月島造船所跡地に建設されたウオーターーフロント大川端リバーシティ21の高層住宅群である。
 その玄関口のように建設されたのが中央大橋で、隅田川にかけられた橋としては最新の超近代的な橋である(平成5年架設)。

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 橋の上流側(永代橋側) の橋脚に、 隅田川とセーヌ河が「姉妹川」となったのをを記念して女神のブロンズ像が立っている。この像はパリ万国博覧会に出品されたもので、 稀少木材を求めて海外に船を派遣するフランスの守護神を表している。 隅田川にブロンズがある橋はこの「中央大橋」だけである。

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文学のある風景(その2) 夏目漱石 「三四郎 かねやす付近」本郷三丁目交差点

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 「四角へ出ると、左手のこちら側に西洋小間物屋(こまものや)があって、向こう側に日本小間物屋がある。そのあいだを電車がぐるっと曲がって、非常な勢いで通る。ベルがちんちんちんちんいう。渡りにくいほど雑踏する。野々宮君は、向こうの小間物屋をさして、
「あすこでちょいと買物をしますからね」と言って、ちりんちりんと鳴るあいだを駆け抜けた。三四郎もくっついて、向こうへ渡った。野々宮君はさっそく店へはいった。表に待っていた三四郎が、気がついて見ると、店先のガラス張りの棚(たな)に櫛(くし)だの花簪(はなかんざし)だのが並べてある。三四郎は妙に思った。・・・」
(夏目漱石「三四郎」)

 野々宮君が買い物に行った日本小間物屋は「かねやす」といい本郷三丁目の交差点角にある。

 1735年(享保20年)開業の老舗。口中医師(歯科医)兼康祐悦〔ゆうえつ〕が小間物店「かねやす」を開店、「乳香散」という歯磨き粉を売り出したのが当たり繁盛した。

 「本郷も かねやすまでは 江戸のうち」と川柳にもうたわれた。

 芝神明前の兼康との間に元祖争いが起き、時の町奉行は「本郷は仮名で、芝は漢字で」との判決を行なった。それ以来、仮名で「かねやす」と書くようになったとの逸話もある。

【所在地】東京都文京区本郷2丁目40-11
【交通】営団地下鉄丸の内線・都営地下鉄大江戸線「本郷三丁目」駅下車、徒歩1分。

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東京タワーのある風景(その3) 「桜田通り 慶応大学東門付近」

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 JR田町駅下車、慶応通りを通り過ぎると桜田通りにぶつかる。

 東京タワーを見ながら桜通りの商店街を歩いていくと左側に慶応大学東門の赤レンガ造りの建物が見えてくる。

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北斎のある風景(その2) 「浅草金龍山観世音境内之図」

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    浅草寺観音堂

 「浅草金龍山観世音境内之図」は、北斎が「春朗」と称した時代の作品。

 浅草寺観音堂境内の風景である。

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