文学のある風景(その26)川蒸気

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白魚に己恥ぢずや川蒸気(漱石 俳句)

隅田川築地市場付近

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文学のある風景(その26) 伝通院

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代助は晩食(ばんめし)も食はずに、すぐ又表へ出た。五軒町から江戸川の縁(へり)を伝つて、河を向(むかふ)へ越した時は、先刻(さつき)散歩からの帰りの様に精神の困憊を感じてゐなかつた。坂を上つて伝通院の横へ出ると、細く高い烟突が、寺と寺の間から、汚ない烟(けむ)を、雲の多い空に吐いてゐた(夏目漱石「それから(十の五)」)

伝通院は、東京都文京区小石川三丁目の高台にある浄土宗の寺。徳川将軍家の菩提寺。

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池上正太郎「東京の情景」の風景 四谷見附橋

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 この陸橋は、二年半の歳月をかけ、大正の年の九月に旧江戸城・外濠の四谷御門外へ架けられた。
赤坂離宮(迎賓館)や東宮御所が近くにあるため、周囲の景観を
「そこなわないように・・・・」
と、設計されたそうな。
こうした配慮が、明治末期から大正初期の政治家や役人にあったのである。(池上正太郎「東京の情景」四谷見付の橋)

 四谷見附橋は、東京都の新宿通り(国道20号)が通る1913年(大正2年)架橋の橋である。JR中央線の上に架かり、現在の橋は、1991年に架け替えられた2代目である。
所在地 新宿区四ツ谷一丁目~千代田区六番町

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池波正太郎の風景(鬼平犯科帳)(その6)正洞院

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その夜の四ツ半(午後十一時)ごろに、沼目の太四郎は、屈強の仲間(なかま)を二人つれて、おさわの手引で針ヶ谷の宗助宅へあらわれた。
雑草の茂るにまかせてある正洞院の空地には、闇が蒸し暑くたれこめている。
人の気配は、まったく無かった。(鬼平犯科帳18「蛇毒」)

曹洞宗寺院の正洞院は、、佐竹修理太夫が出羽国秋田に創建、後当地へ移転した。
台東区下谷2-6-2

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文学のある風景(その26)本誓寺

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 太吉は川沿いの裏店で生まれ育った。小名木川の高橋から海辺橋のほうへ一町(約一〇九メートル)あまり行ったところに本誓寺(ほんせいじ)がある。その裏門にめんした海辺大工町裏に浪人一家が住んでいた。(荒崎一海『蓬莱橋雨景 九頭竜覚山)

本誓寺は、文禄四年(1595)創建の江東区清澄にある浄土宗寺院
江東区清澄3-4-23

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池上正太郎「東京の情景」の風景  名橋・日本橋

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日本橋は、江戸以来の、東京の名橋であった。
この橋には、東京の歴史の意味が、ずっしりとかかっていた。
その名橋の上へ、高速道路のコンクリートの大屋根をかけられてしまったのでどうにもならない。
政治家や一部の木端役人や企業ばかりを責めるわけにも参るまい。
現代の車両の洪水は、他ならぬ国民によっても、もたらされたわけなのだから・・・

この絵は描きたくなかったが、いまの日本橋の、あわれな姿を描きとどめておくこともよいのではないかとおもった。
そのかわり車両は一台も出さなかった。・・・(二十四節気)池上正太郎「東京の情景」名橋・日本橋)

日本橋は、東京都中央区の日本橋川に架かる橋である。現在の橋は1911年に完成し、国の重要文化財である。また、日本の道路元標があり、日本の道路網の始点となっている。

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文学のある風景(その26)常光院の閻王

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常光院の閻王は、震災後、本山長谷寺(はせでら)からの入座だと承わった。忿怒(ふんぬ)の面相、しかし威(い)あつて猛(たけ)からず、大閻魔と申すより、口をくわつと、唐辛子の利きいた關羽に肖(に)てゐる。(泉鏡花 深川浅景)

真言宗豊山派法乗院深川えんま堂は、覚誉僧正が開山、、寛永6年(1629)深川富吉町に創建、寛永18年当地に移転。
所在地 江東区深川2-16-3

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池波正太郎の風景(鬼平犯科帳)(その6)仙寿院

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名草の嘉平が亭主におさまっている、この「蓑安(みのやす)」という茶店は、まぎれもなく法楽寺一味の「盗人宿(ぬすっとやど)」ということになる。・・・(中略)
「蓑安」は、千駄ヶ谷にある法雲山・仙寿院(せんじゅいん)という寺の惣門と道をへだてて、わら屋根の百姓家を改造した風雅な茶店で、名物は草もちだそうな。(鬼平犯科帳4 「おみね徳次郎」)

日蓮宗寺院の仙寿院は、正保元年(1644年)紀伊の太守徳川頼宣の生母お萬の方の発願により里見日遥を開山として創建。
渋谷区千駄ヶ谷2-24-1

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文学のある風景(その26)万世橋

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私はとうとう万世橋を渡って、明神の坂を上がって、本郷台へ来て、それからまた菊坂を下りて、、しまいに小石川の谷へ下りたのです。(夏目漱石「こころ」)

万世橋(まんせいばし)は、東京都千代田区にある、神田川に架かる橋の1つ。中央通り(国道17号)上にある。

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文学のある風景(その26)目白坂(半七捕物帖)

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文化九年――申(さる)年の正月十八日の夜である。その夜も四ツ半(午後十一時)を過ぎた頃に、ふたりの娘が江戸小石川の目白不動堂を右に見て、目白坂から関口駒井町ちょうの方角へ足早にさしかかった。(半七捕物帳六「白蝶怪 一」)

目白不動堂は、第二次世界大戦で焼失、金乗院に合寺された。
目白不動尊がある金乗院は、宿坂(豊島区高田)の坂下にある。
文京区関口2丁目 
目印  地下鉄・江戸川橋駅から 椿山荘に上る坂道。

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