文学のある風景(その19) 地下鉄南阿佐ヶ谷付近

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ボウリング場は店じまいしたが

その下の本屋には書物があふれている

区役所のすじむかい郵便局のならび

新築中の警察署は九階建ての地下二階とか

この町に四十年あまり暮らして

行きつけの店といえば床屋くらいのものか

(谷川俊太郎「地下鉄南阿佐ヶ谷付近1974秋」)

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橋のある風景(その5) 江戸川橋

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 廿日正月(はつかしょうがつ)という其の日も暮れて、宵闇(よいやみ)の空に弱い星のひかりが二つ三つただよっていた。今夜も例のごとく寒い風が吹き出して、音羽の大通りに渦巻く砂をころがしていた。
  「寒い、寒い。この正月は悪く吹きゃあがるな。ほんとうに人泣かせだ」
 この北風にさからって江戸川橋の方角から、押し合うように身を摺り付けて歩いて来たのは、二人の中間(ちゅうげん)である。どちらも少しく酔っているらしく、その足もとが定まらなかった。(半七捕物帳六「白蝶怪 三」)

江戸川橋は、神田川に架かる橋、目白通りが通る。東京都文京区関口一丁目にある。

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文学のある風景(その19) お祭り

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「あれ なァに?」

「おみこし」

「おみこしって なァに?」

「神さまのお乗りもの」

「神さまって?」

さあ なんて答えましょ

とにかく

神さまは子どもがお好きで

子どもはお祭りが大好き

(高田敏子「月曜日の詩集 お祭り」)

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荷風の風景(その5) 長慶寺

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 東森下町には今でも長慶寺という禅寺がある。震災前、境内には芭蕉翁の句碑と、巨賊日本左衛門の墓があったので人に知られていた。その頃には電車通からも横町の突当りに立っていた楼門が見えた。この寺の墓地と六間堀の裏河岸との間に、平家建の長屋が秩序なく建てられていて、でこぼこした歩きにくい路地が縦樅に通じていた。長屋の人たちはこの処を大久保長屋、また湯潅場大久保と呼び、路地の中のやや広い道を、馬の背新道と呼んでいた。(永井荷風 深川の散歩)


長慶寺は、江東区森下2丁目22−9にある曹洞宗のお寺。

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池波正太郎の風景(鬼平犯科帳)(その3) 境稲荷

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 裏の路地から、表の道へ出て来た高橋勇次郎が歩み慣(な)れた道すじゆえ、提灯も持たず、にやにやと独(ひと)り笑いを浮かべながら池之端の方へ立ち去るのを、境稲荷(さかいいなり)の鳥居の蔭(かげ)から密(ひそ)かに見まもっていた男がいた。
どこにでも歩いているような町人姿の、小柄な男であったが、こやつ、鳥居の蔭から飛び出し、高橋浪人の後を尾(つ)けはじめたものである。(鬼平犯科帳17「丹波守下屋敷」)

 境稲荷神社は、台東区池之端にある稲荷神社である。文明年間足利九代将軍義尚公により創祀されたと伝えられている。忍が岡と向が岡の境に鎮座していることから境稲荷と称されていたといい、明治28年湯島切通坂の宝剣稲荷を合祀したといわれている。
台東区池之端1-6-13

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文学のある風景(その19) 雲

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おうい雲よ

ゆうゆうと

馬鹿にのんきそうじゃないか

どこまでゆくんだ

ずっと岩城平(いわきだいら)の方まで行くんか

(山村暮鳥「雲」)

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橋のある風景(その5) 柳島橋

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二人は、天神川にかかる柳島橋へかかる。このとき茶店を出た十蔵たち四名がするすると二人に追いつき、
「小川や梅吉!!」
叫びざま、十蔵が編笠をはねのけ、
「しんみょうにしろ!!」
「あっ・・・・・}
若い男が、たまぎるような声を発し、梅吉と共に橋を駈けわたろうとするとき、対岸から同心一名、捕手三名が十手を振りかざし、猛然と肉迫(にくはく)して来た。(鬼平犯科帳1「啞の十蔵」)

柳島橋は、北十間川と横十間川の合流点に架かる墨田区業平五丁目と江東区亀戸三丁目を結ぶ橋で、橋のたもとに境内に柳島妙見堂のある法性寺がある。

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文学のある風景(その19) 路地の英雄

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人情豊かな路地裏にも

不良少年は誕生する

産湯をひっくり返して

母の乳房に噛みつき

父の脛をかじり尽くし

そして ある日 プイと

松田優作の声色で

捨て台詞をのこして

出て行った

(阿久悠「路地の英雄」)

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池波正太郎の風景(鬼平犯科帳)(その3) 広尾の毘沙門天(天現寺)

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 翌朝も遅くなってから、帰途についた弥太郎は渋谷川に沿った道を毘沙門堂の門前へ出た。麻布もこのあたりになると全く郊外であって、渋谷川の南には目黒の田園地帯が一面にひろがっていた。
 広尾の毘沙門天は、天現寺の境内の一部にあり、川にかかる土橋のたもとにわら屋根の茶店が一つ、朝のうちから店を開いている。
(鬼平犯科帳7「泥鰌の和助始末」)

 天現寺は、小日向御箪笥町にあった普明寺の名跡を継ぐ形で、祥雲寺11世良堂和尚が開山となり、多聞山天現寺と号して享保4年(1719)に創建したと言われている。
 本 尊 毘沙門天
 所 在 東京都港区南麻布4-2-35東京メトロ日比谷線 広尾駅下車

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文学のある風景(その19) 初夏

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街の地平線に 灰色の雲が ある

私の まわりに 傷つきやすい

何かしら疲れた世界が ただよっている

明るく 陽ざしが憩んでいる・・・(中略)

しかし 屋根ばっかりの 街の

地平線に 灰色の雲が ふえてゆく

(立原道造 「初夏」)

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